歴史

九州の大豪族、
筑紫君磐井の足跡をたどる

筑紫君磐井の足跡をたどる

彼の人は反逆者か、それとも郷土の英雄か
筑紫君磐井とは

八女の地に存在する巨大な古墳、これは、古代の北部九州に多大な影響を持っていた大豪族、筑紫君磐井の墓と言われています。 筑紫君磐井とは、どんな人物で、どんなドラマの主人公だったのでしょう。
古事記や日本書紀に磐井は「天皇の命令に従わない悪者」として記されています。本当にそうなのでしょうか。ヤマト王権は度重なる朝鮮半島進出のための負担を九州の豪族に強要し続けました。
乱に加わった「火」の国(現在の熊本県)、「豊」の国(現在の大分県)も同じ思いだったのでしょう。出兵により疲れ荒れ果てていく地元の人々や土地を見て、我慢の限界が来たのでしょうか。ついに磐井は九州の諸豪族と共にヤマト王権に対し反旗をひるがえしたと記されています。
自国の荒廃ぶりを目の当たりにし、磐井は何を成そうとしたのでしょうか。
ヤマト王権から見れば「命令に従わない悪者」に映ったのだと思いますが、八女の地を守り、九州を守ろうとした磐井は、やはり郷土の英雄だったのではないでしょうか。

ヤマトの大王の墓に匹敵!?
北部九州最大の古墳

岩戸山古墳

岩戸山古墳【国選定史跡】

6世紀前半頃の北部九州を代表する豪族であった筑紫君磐井の墓といわれ、多くの石製品、埴輪が出土しています。北部九州最大の前方後円墳で墳丘長は約135m、後円部径約72m、前方部幅は約92mあります。 古墳の北東に43m四方の広場状の「別区」がありますが、これほど大きな区画が現存しているのは全国でもここだけです。

石人・石馬

石人・石馬

阿蘇山の噴火により形成された凝灰岩で作られているもので武装した兵士や馬・盾・靫(ゆぎ)などのリアルな造形が見事です。

歴史と文化の交流施設

八女市岩戸山歴史文化交流館 いわいの郷 外観

八女市岩戸山歴史文化交流館
いわいの郷

八女市岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」は、岩戸山古墳をはじめ、八女古墳群から出土した資料を展示するとともに、各種体験事業やイベント等の情報発信を通じて、 世代や地域を超えた交流と郷土愛が育まれる施設を目指しています。

八女市岩戸山歴史文化交流館 いわいの郷 常設展示

常設展示

西暦527年に勃発した磐井の乱と、九州の盟主として戦いを率いた郷土の英雄「筑紫君磐井」にスポットを当て、古代八女の新たな「発見」を誘います。

岩戸山古墳マップ

散策しよう!

岩戸山古墳には古くから群生するツブラジイの原生林が広がっており、市街地近くで自然を深く感じることのできるパワースポットとなっています。

散策しよう!

岩戸山古墳の西側には岩戸山4号古墳(下茶屋古墳)があり、古墳の中に入ることができます。石室内の観察が間近でできる貴重な古墳です。

歴史交流ステーション

歴史交流ステーション

社会科見学

社会科見学

古代体験講座・歴史講座

古代体験講座・歴史講座

巨石の謎!?筑紫君一族最後の古墳

童男山古墳

童男山古墳【県選定史跡】

直径約48mもある巨大な円墳「童男山古墳」。身の丈よりもはるかに大きな巨石を組み上げた巨大な横穴式石室は、福岡県下で3番目の大きさを誇っています。 内部には、熊本県・チブサン古墳や広川町・弘化谷古墳と同じ立派な石屋形(石棺を囲む屋根付の施設)があり、中には大型の石棺がおさめられています。 まさしく、筑紫君一族の王の墓いふさわしい内容となっており、非常に大きな労働力を動員できる人物のなせる技です。

石室内の石屋形・石棺

石室内の石屋形・石棺

全てに赤色顔料(ベンガラ)が塗られています。これは悪霊から被葬者を守るためのもの。「赤」という色に古代の人は強い力があると信じていたようです。

八女で花開いた
色鮮やかな装飾古墳の文化

乗馬古墳

乗馬古墳【国選定史跡】

乗馬古墳は、岩戸山古墳の東約300mに位置します。後円部の横穴式石室、大きな石材を用いた奥壁・側壁などに、赤・黄・青の三色による連続三角文・同心円文・蕨手文が描かれています。 6世紀中ごろの築造と推定されます。

丸山塚古墳

丸山塚古墳【国選定史跡】

丸山塚古墳の横穴式石室は、壁の下部に大きな石材を用い、上部は平たい石材をドーム状に積み上げています。奥壁や袖石に赤・黄・緑の三色による三角文・円文・蕨手文が描かれています。 6世紀後半の築造と推定されます。